ORIHIME’s diary

利用していたブログサービスが閉鎖となり、旧記事とともに引っ越してきました。テーマは「好奇心、感動、そして感謝」です。

えっ、そうなの? ことわざ、慣用句の意外な起源!

 

「少し愛して、長く愛して」

イギリスの詩人、ロバート・ヘリック(Robert Herrick 1591-1674) の詩のタイトルが「Love Me Little, Love Me Long」(少し愛して、長く愛して)で、80年代に話題になったサントリーのコマーシャルのキャッチコピーそのままです。出演は私が大好きだった大原麗子さん、制作は市川崑監督という贅沢なCMでした。

詩の内容は「あなたは私をすごく愛していると言うけれど、お願い、少しだけ愛してちょうだい。そうすれば長〜く愛してもらえるから。ゆっくり歩くと遠くまで行けるでしょ。何事もほどほどがベストなの」。サントリーのオリジナルコピーかと思っていましたが、ちゃっかり借用していたのですね(^^::  

 

 

「豚に真珠」

何と、このことわざの起源は聖書です。新約聖書、マタイによる福音書の七章六節に由来となる文面があります。

神聖なものを犬に与えてはならない。また、真珠を豚に投げてはならない。おそらく彼らはそれを足で踏みつけて、向き直ってあなたがたに噛みついてくるであろう。」

神聖なものとは福音の真理のことで、キリスト教徒にとっては貴重で尊いものです。犬や豚が教義や真珠の値打ちが分からないように、その価値を理解できないものに布教しようとするのは聖書の冒涜にあたると言っています。それにしても、聖書での犬と豚の言われ様は可哀想です🥹。キリスト教のお父さんであるユダヤ教は豚を不浄な生き物としているようです。ちなみにユダヤ教イスラム教は豚を食べることを禁じています。

 

 

目から鱗が落ちる

何かがきっかけとなって、急にものごとの実態がよく見えて理解できるようになることのたとえですが、このことわざの起源も聖書です。新約聖書使徒行伝」の第9章(サウロの回心)にキリスト教徒を迫害していたユダヤ教徒サウロのエピソードがあります。

エスの死後、キリスト教徒を追い詰めていたサウロは強烈な光を浴びました。その時、天から声が聞こえサウロがどなたかと尋ねると「イエスである。何故わたしを迫害するのか」と返ってきました。サウロは光で視力を失い、断食をして祈り続けていると、イエスが遣わした使徒が現れました。使徒がサウロのために祈ると突然目が見えるようになったのです。聖書に下記一文があります。

「直ちに彼の目より鱗のごときもの落ちて見ることを得」

視力を取り戻したサウロはこれまでとは全く違う見え方になったといいます。サウロはキリスト教に改宗して洗礼を受け、パウロと改名して生涯を伝道に捧げました。

 

 

「一石二鳥」

これはもともと17世紀中頃からイギリスで使われている慣用句「Kill two birds with one stone」(一つの石で2羽の鳥を仕留める)で、ひとつの行動で2つの成果を挙げることを意味します。

この慣用句にはいくつかの起源があるとされていますが、ギリシャ神話のダイダロスイカルスの物語に由来するものが最有力とされています。優秀な職人であり発明家のダイダロスと息子のイカルスはクレタ島の迷宮(ラビリンス)に監禁されました。ダイダロスはひとつの石で鳥を2羽仕留め、羽とロウを使って二人分の翼を作りました。彼とイカルスは翼を身につけて迷宮からの脱出に成功します。

めでたし、めでたしでしたがこの後、有名な「イカルスの翼」へと話が続きます。父親のダイダロスは、翼がロウでできているので高く飛ぶのは危険だと息子に忠告しました。飛べるのが嬉しくて仕方がなかったイカルスは父親の忠告をきかずに天高く飛び、熱い太陽に近づき過ぎて翼のロウが溶け墜落死してしまいます。身近な四字熟語が有名な悲劇のギリシャ神話に由来していたとは驚きでした。

 

 

「右に出る者はいない」

「その人より優れた人はいない」という意味のこの慣用句は、よく耳にしたり目にしましたが、その由来を考えたことはありませんでした。紀元前200年代の中国・漢の時代、高官たちが右から偉い順に並んだことに由来するそうです。

政治社会では「右」「左」という言葉がよく使われてきました。中国にならった日本の「左大臣」「右大臣」では「左大臣」の方が位が上でした。実は、中国では時代の移り変わりで左右の位置関係が変わったそうです。「左翼」「右翼」はフランス革命期の国民議会に由来し、議長席から見て左に急進派、右に穏健派が座ったそうです。

 

 

逃げるは恥だが役に立つ

一風変わったドラマのタイトル・・と思っていたのですが、これがハンガリーのことわざと知ってビックリです。「問題から逃げることは恥ずべきことだが、無理に立ち向かうよりも逃げた方が良い結果になることもある」という意味だそうです。

ハンガリーは紀元前1世紀にローマに占領され、13世紀にはモンゴル軍の襲来で大きな被害を受け、19世紀のオーストラリア=ハンガリー帝国時代は実質的にオーストリアハプスブルク家に牛耳られ、1946年以降近年までソ連の占領下に置かれました。外国から蹂躙され続けた歴史の中でも闘争心を持ち続けたハンガリーの人々ですが、無理な戦いに挑まない姿勢は、長い歳月で培った知恵ではないでしょうか。

ドラマの原作者は、ドラマ放送前から、ハンガリーのことわざであることをTwitterで明かしていたそうです(^^)

 

 

出典/参照: The Works of Robert Herrick、雑学カンパニー、オモシロなんでも雑学、THE IDIOMS-The largest Idiom Dictionary、名言の旅 e.j.quotes、President Online, ことわざ・慣用句の百科事典、QuizKnock。